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アメリカの音楽産業 2
アメリカの音楽産業 2

 日本でCDを売る場合、日本人を相手にCDを売る。当たり前のことですね。では、アメリカでCDを売る場合は?

  アメリカ人に売る。確かにそうですが、コトはそんなに単純ではありません。
 
 多民族国家のアメリカでは、レーベルが絞るターゲットというものが細かく分かれています。日本でCDを売るときのように、10代から20代の若い世代、40代以上の演歌世代といった単純な区分ではないのです。


 ジャッキー・チェン主演の映画「ラッシュ・アワー」





で相方の黒人の刑事がカーラジオから流れるヘビーメタルを聞いて「これは白人の音楽だ」とはき捨てるように言い、ラジオのチャンネルを弄り、ラップをかけるシーンがあります。相方の黒人刑事はラップを聞いて「これが俺たちの音楽だ」と力強く、言い放ちます。

 このシーンにすべてが象徴的に表されています。

 「人種によって異なるスター」

 アメリカの人口構成比を人種ごとに大雑把に区分けすると、以下のようになります。

 白人     75%
 黒人     12%
 ヒスパニック 12%
 アジア系    3%

 足して100にならないのは、ヒスパニックの人口動態が正確ではないからです。

 ここで大事なことは、上記の映画のシーンのように人種ごとに音楽の好みが違うということです。黒人がカントリー・ウエスタンを聞くことは、まずありません。カントリー・ウエスタンは,基本的に白人の音楽です。


 

 人口比で見るとアジア系はマーケットとして非常に小さいことが分かります。マーケットとして成立するのは、白人、黒人、ヒスパニックの三者です。


 最近、注目を集めているのは新興勢力のヒスパニックです。リッキー・マーテインRicky Martinの「リビン・ラ・ビダ・ロッカ」が世界的なヒットになったのは記憶に新しいでしょう。日本では郷ひろみがカバー、人気上昇中のお笑い芸人、レイザー・ラモンHGも盛んに、この曲を使っています。
(リッキー・マーティンはプエルトリコ出身、子供時代はメヌードというグループで歌っていました。プロモーションで日本にも来たはずです。ジャクソン5のようなグループでした)

 稀に人種の壁を越えるスターも存在します。マイケル・ジャクソンマライア・キャリーなどが、これにあたります。スーパースターと言っても良いでしょう。


 基本的に白人は白人の音楽、黒人は黒人の音楽を聞きます。

 アメリカで音楽を売る場合、どの人種をターゲットに絞るかが、大変、重要になってくるのです。


 CD発売に先行してネットでのみ配信された、プリンスの「テ・アモ・コラソン」(英語で言うところのI love you)はスペイン語で歌われた曲です。(英語も混ざっていますが)2006年、春にはCDも発売されました。ネットでの配信は黒人音楽の老舗、モータウン、何やら意味深です。

 人種の壁を越えたスターの一人「プリンス」 今度は合衆国内のヒスパニックをターゲットに売り出したようです。
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テーマ:音楽 - ジャンル:音楽

マライア・キャリー Mariah Carey
ベネズエラ系の父(白人と黒人の混血)とアイルランド系の母(白人のクオーター)の間に3人兄弟の末っ子として、ニューヨーク州ロングアイランドに生まれ人種差別に耐えながら幼少期を過ごした。音楽はブラックミュージックを基盤としている。
マライア・キャリー/チャームブレスレット
ハイスクール卒業後、マンハッタンへ。ウェイトレスなどをしながらチャンスを待っていた。その後、ブレンダ・K・スターのバックコーラスとなり、ブレンダ・K・スターにつれられて訪れたパーティー会場でCBSレコード(コロンビアレーベル、現:ソニーBMG・ミュージックエンタテインメント)のトミー・モトーラ社長へブレンダ・K・スターがデモテープを渡したことがきっかけとなり1990年に"Vision Of Love"でデビュー。(しかし、ブレンダ・K・スターは現在「マライアが成功できたのは私のおかげなのに、恩知らず」などと発言しているもののマライア自身は資金援助などもしており「あの頃すでにワーナーとも契約を結びそうだったのよ」と反発している。)このシンデレラストーリーとデビュー直前にNBAs All Starで「America the Beautiful」を熱唱し話題になったことから大ブレイクした。なおモトーラとは1993年に結婚したが、音楽的主観の違いや極度に制限を言いつけるファッション(スカートやパンツはロングじゃないとダメなど)にマライアが嫌気がさし1997年に離婚している。そのため、離婚後はあのような半露出狂状態となった。

デビュー当時から7オクターブの声域を持つ歌姫と言われている(実際は5オクターブとも言われている)。 声域をいっぱいにまで使った曲はデビューから数年によく見られる。最も高い声を出す人としてギネスに認定されている。アルバム「Music Box」(1993年)、「Daydream」(1995年)は全世界で各2000万枚を超える大ヒットとなった。Boyz II Menとのデュエット曲「One Sweet Day」は1995年から1996年にかけてビルボードのHOT 100で16週連続No.1を獲得。この最長記録は2006年5月現在も破られていない。

それまでライブを行うことは稀で、「生では歌えない」「パフォーマンス能力がない」などと揶揄されることもあった。「Daydream」リリース後に初のワールドツアーを行うが、皮肉にもその頃からヴォーカルの精彩は失われていった。
マライア・キャリー/グレイテスト・ヒッツ

1997年のアルバム「Butterfly」では、張りのあるヴォーカルよりも鼻歌のようなコーラスやフェイクが目立つようになる。音楽的にはそれまでのアダルトコンテンポラリーから、多くのラッパーを起用したヒップホップ系に大きくシフトした。またPVやステージパフォーマンスで、胸を強調した(豊胸手術したものと言われる)セクシーな衣装・表現が増え、これらがファン離れを招く原因となった。この傾向は後の作品でますます強くなっていく。


1999年のアルバム「Rainbow」を最後にSony Musicを離れEMI傘下のVirgin Recordsに移籍。史上最高クラスの8000万ドルもの契約金が話題となった。しかし精神的・肉体的にトラブルを抱え、2001年にはテレビの生放送番組でストリップまがいのパフォーマンスをして顰蹙を買う。

同年、半自伝的な初主演映画「Glitter」が公開されるが、興業的には大失敗に終わる。そのサウンドトラックアルバムは発売前の評判は良かったものの映画の失敗、多すぎるゴシップや発売日(9月11日)がアメリカ同時多発テロ事件と重なったなどの不運もあり、低調なセールスに終わった。結局EMIからはこの1作だけで契約を打ち切られ、「リストラの一環」という不名誉な話題となった。しかし、契約打ち切り金として30億ドル支払われ一瞬での最多報酬としてギネスブックに掲載されている。(日本では契約の関係上「Glitter」もソニーから発売され、東芝EMIからは1枚もリリースされていない。)同曲のサウンドトラックからシングルカットされた「Loverboy」はビルボードのシングルセールスチャートで年間No.1を獲得している。

ほどなくしてIsland/Def Jam Music Group(ユニバーサルミュージック傘下)とレコード契約を結び、2002年にアルバム「Charmbracelet」をリリースした。同年12月にプロモーション来日している。

そして2005年、最新アルバム「The Emancipation Of Mimi」を発表。ファーストシングルの「It's Like That」がヒットし、同年4月12日はアメリカ・ABCテレビの朝の情報番組GOOD MORNING AMERICAへの出演を果たした。セカンドシングル「We Belong Together」が通算14週1位を獲得、サードシングル「Shake It Off」も最高2位(10月1日付)とヒット。アルバムは全世界で1000万枚のヒットとなり、「Return Of Voice」と形容されるほどの劇的な復活を遂げた。9月には第33回アメリカン・ミュージック・アウォーズで「POP/ROCK Favorite Female Artist」、「POP/ROCK Favorite Album『MIMI』」、「SOUL/RHYTHM & BLUES Favorite Female Artist」、「SOUL/RHYTHM & BLUES Favorite Album『MIMI』」の4部門で最多ノミネートした。11月には同アルバムに新曲やDVDを加えた「Ultra Platinum Edition」を発売した(日本では2006年1月に国内盤を発売)。また最多ノミネートした第33回アメリカン・ミュージック・アウォーズでは、オープニングで新曲「Don't Forget About Us」を披露し、「SOUL/RHYTHM & BLUES Favorite Female Artist」を受賞。そして第48回グラミー賞で「Record Of The Year」、「Album Of The Year」、「Song Of The Year」の主要3部門をはじめ8部門で最多ノミネートした。そのほか世界中で数多くの賞にノミネートし受賞した。12月31日付で4thシングル「Don't Forget About Us」が1位(2005年、2枚のシングルを全米No.1にした唯一のアーティストとなった)となり、2006年1月7日付けで2週連続1位獲得した。そして2月9日にL.A.のStaples Centerで開催された第48回グラミー賞授賞式で「Best R&B Song『We Belong Together』」、「Best Contemporary R&B Album『MIMI』」、「Best Female R&B Vocal Performance『We Belong Together』」の3部門を受賞し、「We Belong Together」と「Fly Like A Bird」を披露した。

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